第七話 旅への兆し

「うん・・・この1年半にあったことを、言葉にするのは難しい。正直を言うと、まだちゃんとすべてを言葉に出来るほど自分の中では整理されてないこともあるというのが本音だけど、この1年半、本当にいろいろなことがあったよ。補完計画を訪れてくれている人に、嘘は言いたくないから、出来る限り話しておきたいとは思うけど、まずは、ベイビーズもよく知っている、長年一緒に活動をしてきたマネージャーでもあり、所属事務所の代表でもあった大里氏との別れがあり、まあ、そのことが私の中では大きかったかな。」

その詳細について聞いてみた。

「ビジュアルバムの企画も進行中の最中だったというのもあるし、まあ、状況的には大変だったけどね。もともと大里さんとは、仕事的には博多に戻ってきてからの付き合いだったんだけど、大里さんがこちらで立ち上げていた会社は、本来はアーティスト事務所ではなく、番組などの制作会社だったんだ。その中に、それとは別に、しいなえいひの活動をサポートするという形で、大里さんが手を挙げてくれて一緒にやってきていたんだけど、活動をしていく中で、大里さんのこちらでの会社での運営と、わたしのほうの仕事の兼ね合いが現実的に難しくなってきてて。それは、ビジュアルバムを立ち上げる以前からあった問題ではあったんだけどね、

大里さんの意思もあって、出来る限り続けられるところまでやりたいって気持ちに、わたしも出来る限り応えたいなとは思っていて。実際は、福岡と東京という物理的にも距離のある中で、仕事を捌いていくことはなかなか、いろんな意味で難しかったんだけど、けど、それだから辞めるとか、そういう考えは持ってなかった。「残酷警察」で女優活動を再開した当初から大里さんとは一緒にやってきてたから、それこそ、苦楽を共にしてきたというか、だから、出来る限り、続けられたらなと思っていたし。

もちろんそういったこととは別に、うたたね日記でも以前その気持ちを話してきたように、この日本における、しいなえいひの活動としての広がりの難しさに、日々限界を感じていたところもあった。自分にあと出来ることはどんなことだろうって、これ以上何をどうすれば、ちゃんと伝えられるだろうって、言葉には表現できない苦しさも感じていたし。けれど、それと同時に、どこかで、何かを変えないといけない、とは思っていた。」

「それを考えつつ、進めていこうと思っていた矢先の出来事だったから、まだ終止符を打とうとかそんな気持ちはなく、希望はあったんだけれど、大里さんとこのままの形態でやっていくには、やっぱり現実的に難しくなって。連絡もつかないし、ほぼ業務的にも停止状態に近い状況だったよね。

アーティストっていう職業は、当たり前だけど、一人じゃ出来ない仕事だから。だから、気持ちがどうこうというよりも、それ以前に、物理的に、現実的にという意味でそうだった。けれど、私はそれからすぐに、新しい事務所に行くとか、そういう風にはとても考えられなかった。大里さんとのそれまでの歴史もあるし、けれど状況的に難しくなって、それを受け入れるにも時間がかかったし、周りにも、ベイビーズにも、どうやってそのことを報告したらいいかもわからなくて。

今の状態で話しても、心配をかけるだけだなと思ったら、とても言えなかった。かといって、適当に取り繕った日記を書くことは絶対にしたくなかったし、心苦しい気持ちもあったけど、ちゃんとした報告ができる状態になるまでは、何も言うべきではないなと思ってて。」

「ビジュアルバムの企画もそうだけど、状況的には、しいなえいひとしての今後の活動自体がどうなるのかって状況であったことと、そこから、まあ、平たく言ってしまえば現実が襲ってくるじゃない?やりたいことと、やらなければいけないことと、同時に考えなくてはいけなくて、当たり前と言えば当たり前だけど、このままじっとしているわけにもいかなくなって。現実、生きていかなくちゃならないからね。

だから、その年の秋、いろいろ考えて、普通に働くことにしたんだ。その中で、今後どうするべきか、ゆっくり考えていこうって。大里さんには相談しなかったよ。今でも、知らないんじゃないかな。その頃には、もう連絡も途絶えがちだったしね。大里さんも会社のことできっと大変だろうなって思ってたから、自分のことはとりあえず自分でなんとかしなくちゃって、そう思って。

自分で探して応募して、普通に面接を受けて、期限のある、契約社員という形だったけど、創作活動は全部一度ストップして、就職したの。もちろん今まで生きてきて、はじめての経験だよ。状況的にはまさにうたたね日記に書き残した、「武者修行の旅に出ます」って感じだった」