第六話 しいなえいひビジュアルバム

アメリカツアーを終え、日本に帰国した姫は、その後日本での活動において、あるプロジェクトを立ち上げる。渡米する前に、西村さんと話したあの言葉が、大きなヒントになっていたと姫は語る。

2011年秋、立ち上げられたそのプロジェクトの名前は、現在ではベイビーズも知ることとなった「しいなえいひビジュアルバム」というプロジェクトであった。この企画は、しいなえいひ自らが、自分のアーティストとしての集大成として、監督、出演、企画プロデュース、すべての制作における中心となり、1話から13話までに渡る日本を舞台にした様々なアプローチでの表現を集約した映像作品として創り上げる一大プロジェクトである。

現在撮影が終了しているのは第3話まで。記念すべき第1話の撮影は2012年の冬、満月の空の下、雪の舞う極寒の海で行われた。

「しいなえいひビジュアルバムという企画は、それまで考えていたことの自分なりの答えというか、最後の禊みたいなものかもしれない。

あの出来事以降、ずっと心の真ん中には、ある「想い」みたいなものがあって、それと共鳴するように、それ以前から、今までこの世界に入ってから今に至るまで、自分が最後に残すべきものは何かなというのが自分への問いかけとしてあった。

そのイメージは、それまで、なんとなくイメージとしてこんな感じかな、というものはあったけど、あの出来事までは、くっきりとした輪郭は見えてなかった。けど、その後日々考えていく中で、ああ、これだなって気が付いたんだよね。

表現するということに対する自分への答えと、それを見守り続けてくれた人々への私なりの答えのようなもの、この日本に生まれ、日本に育ち、美しいものも崩れ落ちてきた様々なものも、全部ひっくるめて、同じ円の中にあるという普遍的な価値観の答えのような。

それをどう表現していくのか、出来るのか、果たしてやり遂げられるのかはわからない。スポンサーがいるわけでもないし、自発的に始めたことだから、すべて手弁当で、大変と言えば大変なんだけど。けれど、この日本という場所で生まれた自分として、一人の人間として、表現に向かい合う最後の答えのようなものを創らなければって思った。

18の時初めてパリで出会った様々な人種の人々と通じ合えたあの感覚をどこかで今も信じてると言うか、言葉がなくても、伝わるコトバとなる表現を、映像として、作品として、残したい、創り上げたいという意識の集大成のようなもの。

そしてそれはこの日本という場所が中心でなければいけない。この日本の陸、海、空、すべて。わたしが世界のどこよりも愛している、この日本という場所が中心にある作品。何年かかるか、わたしが生きてる間に完成するか、今は何も保証はないけれど、時間と気持ちの続く限り、創り続けたい、完成させたい、そう思ってる」

この企画に賛同した、姫と以前から交流のある姫の尊敬する石井久年監督は、企画がまだ立ち上がる前のイメージの段階から、真っ先に賛同し、企画を立ち上げる支えとなった人物だ。記念となる海での第1話の撮影も、石井監督が担当した。

「石井さんは、監督としてももちろんそうだけど、しいなえいひの心からの理解者だからね。わたしは石井さんのことを出会った時からずっと、監督、女優という概念だけじゃなくて、なんていうか詩人仲間みたいに思ってるところがあるんだ。悟りを開いた仙人みたいなね。

しいなえいひという女優としてというよりも、それはアイコンとしてのひとつの概念でしかなく、実際はそれを形成するもっと根本的な、人として、とか、様々な側面で形成されてるじゃない。その根本の部分というか、そういう根っこの部分を、石井さんはちゃんとわかってくれてる人なんだよね。私の強いところ、弱いところ、表現者としての可能性や、思考回路としての成り立ちの部分というか、そういったことすべてを含む「しいなえいひ」という人間に対する的確な理解者。

だから、このビジュアルバムという企画を立ち上げる前、いろいろと悩んでた頃、CMの撮影で石井さんに会った時、そのまだはっきりとしてない輪郭の段階でどうすべきか迷ってたら、真っ先に石井さんが「姫、それはやったほうがいいよ。姫の今考えてることを全部込めたカタチでやればいいよ。この撮影が終わったらすぐ作戦会議開こう。」って誰よりも早く言ってくれた。

そして最初の作戦会議の日、思ってたことのすべてを話したらすごいスピードでそのコアみたいなものを理解してくれて。だから、第1話のビジュアルバムで撮られた作品には、その誤差が無く、言いたかったことのすべてのコトバがちゃんと映像に映りこんでいる。ある意味奇跡だと思うんだけど、必然的な奇跡なんだと思う」

そしてその年の4月、二日後にビジュアルバムの第3話の撮影を控えたある日、仕事で博多に訪れた西村さんに、姫は二月に行われた第1話のビジュアルバムの映像を見せた。ビジュアルバムに込めた想い、今の自分自身の想い。これからこの企画の中で、何を想い創り上げていきたいと考えているのか。

あの出来事が起こった後、西村さんにかけてもらった言葉に対する、姫なりの答えだった。西村さんは姫の話を聞き、映像を見て、自分もこの企画に協力したいという旨を姫に伝えた。姫は、心から嬉しかった。

それから、ことあるごとに作戦会議は開かれ、日々の創作はゆっくりと、着実に進んでいった。そんな2012年秋、姫が突如「訳あって武者修行の旅に出ます」と言い残し、それまで日々更新されていたうたたね日記が、ほぼ更新停止状態となる。その後は半年に一度ほど、時折挨拶のように短く書き綴られた言葉以外に更新はなく、2013年、村上隆監督の「めめめのくらげ」の公開報告を最後に、姫の言葉は語られなくなった。

あれから約一年余り・・・姫になにがあったのだろうか。