第弐話 学生時代

そんな奇面組が連載中のジャンプで夢オチで終了してしまうという、姫的には最悪な最終回を迎えた小6の半ば、二度目の転校で生まれた場所である福岡に戻ることとなる。

卒業までの半年しかない中での転校は、絶対に馴染めないまま終わるだろうと思っていたそうだが、蓋を開けてみたらところがどっこい、「一週間も経たずにすぐ馴染んだ」そうだ。

ただ、卒業式では涙を流すクラスメイトが多い中、転校してきたばかりで居た期間が短かったからか、涙は全く出ず、卒業式で泣かないと冷たい人と言われると歌った斉藤由貴さんの「卒業」よろしく、自分が冷たい人と思われてるんじゃないかと一瞬ビビったそうだが、無理に泣くものでもないから別にいいか、とすぐに思い直したとの談。

そのまま地元の中学校に進む。当時姫が通っていたこの学校は地元でも有名なヤンキーがもろに幅を利かせていた学校で、時折廊下を上級生の先輩が怪しいナイロン袋を片手に独り言を言いながら通り過ぎたりするいわゆる「リアルアンパンマン」を見かけることもあったそうで、そんなパンチの利いた場面を幾度か目の当たりにする度に、人生の無常を感じ、決して自分を見失わないようにしようと、心のふんどしを締め直す気持ちになっていたそうだ。

中学時代は中二あたりまでは特に勉強はしたことがなかったそう。授業も一応受けてはいたけれど、授業を熱心に聞いているわけでもなく、正直勉強は全然面白く感じず、必要性も特に感じなかった、とのこと。けれども中三になって、突如勉強に目覚める。

理由は単純、このままの成績だと行きたいと思っていた高校に受からない事がわかったから。当たり前すぎる理由ではあるが、正論でもある。「半年でなんとかする、しなければあたしの未来はない!」そう思った姫は、中三の夏から猛勉強。中一の勉強からやり直した。

夏休みが終わり、模試の結果は大躍進。その後勉強の楽しさに目覚めた姫は、勢いのままに成績を上げ続け、受験が近づく頃には先生方から志望校のランクを上げるように説得されるまでになる。けれどもそんな周りの期待をよそに本人は「私が成績を上げたのは、より偏差値の高い学校に入るのが目的ではなく、行きたい学校に行くためだから特に志望校を変更する必要性を感じない」とクールに返答。先生方からの説得を振り切り、当初の予定通り第一志望だった高校を受験する。

中三のクラスメイトであったマキちゃんとは、お互いの好きなアーティストの話や、洋服の趣味が分かり合える友人としてとても親しくしていた。

お互いに好きなアーティストは違えど、その情熱は互いに共通するものがあり、それぞれのツアーの時期になると、どんな服を着ていくかで相談し合い、大いに盛り上がった。マキちゃんはXのYOSHIKIさんの熱狂的なファンであったため、コンサートに行くときは髪の毛を金髪にしてYOSHIKIと同じメイクをし、YOSHIKIと同じ衣装を手作りして行っていた。

姫がチェッカーズのコンサートへ黒いゴシックなドレスで行くと行った時には、それに合うようにと、真っ赤なベルベットの素材で作ったマキちゃん手作りのゴージャスな薔薇のブローチをプレゼントしてもらったのが最高にうれしかったそうだ。その時のマキちゃんから聞いていた話のおかげで、姫はチェッカーズの他にも、当時のXに関しても今でもかなり詳しい。

そして中学校の卒業式も、小学校の時と同じくやっぱり涙は出なかったが、マキちゃんと別々の高校になることはとても寂しかったので、「卒業式で泣かないけど、あたしを冷たい人とは思わないで」と、斉藤由貴さんに向けて歌いたい気持ちだったとかそうでないとか。

そして晴れて念願だった高校へと進み、よき友人にも恵まれ、楽しい高校生活を送る。一年から卒業の三年まで、一緒のクラスだった友人のノブは、姫にとって今でも大切な親友である事は、ベイビーズの間では今や周知のこととなっている。

そんな姫の一年の頃の成績は、常にトップクラス。先生方からは、「今のまま行けばどこの大学だって合格圏内」と、太鼓判を押されるほどで、英語などの授業に置いては、お手本の生徒としてスピーチをするなどしていた。

けれども二年生に上がり国公立選抜クラスに入った姫は、選抜クラス特有の勉強科目の多さとカリキュラムのハードさに一気にやる気を失ったそうで「こういう余裕の無いのは自分には向いてない」と、その後成績はぐんぐん落ち、得意の英語と国語以外はみるみるうちに「普通かそれ以下」な感じになっていったとのこと。

高校時代は茶道部に所属、文化祭ではお茶会を開いて着物姿でお抹茶を振る舞った。また、高二の頃には三年生を送り出す予選会でクラスのみんなと当時流行っていたダウンタウンのごっつええ感じのパロディーをコント仕立てで披露。エンディングにはクラス全員で海援隊の「贈る言葉」を振付け付きで大熱唱し、会場中が笑いの渦に包まれた。

この頃の姫も、引き続きチェッカーズが好きだった。1992年の武道館解散コンサートには、新幹線で東京に行き、最終日のチケットは持っていなかったが、同じく会場の外に詰めかけたファン人々と共に会場から漏れる音を聞いていた。

今や姫とベイビーズの中での挨拶の定番ともなっている「ハローベイビーズ」という言葉は、この日のチェッカーズ解散コンサートのオープニングで藤井フミヤ氏がファンのみんなに対して掛けた、最後の挨拶であったことは知る人ぞ知る秘密である。

受験を控えた高三の夏休み、母と一緒に地元の商店街にいるところをスカウトの人に声をかけられる。

だがそのまま変わらずに高校生活を送り、進学も決まっていた高校卒業を控えた春休み、一枚の写真がきっかけでベネトンのモデルとしてパリに行く運命となる。

それと時期を同じくして、楽しかった高校生活ともお別れの時が。卒業の前、この学校や友人たちと別れる時が近づいている思うと、とても寂しくて悲しかったそうだ。自分で初めて行きたいと思い、自分の意志で入った学校だったからだろうと姫は語る。たくさん勉強もし、たくさん笑い、大切な時期に、自分がこれから大切にしていきたいものを日々の中で見つめられた、いい環境の学び舎だったとのこと。

そして卒業式当日、姫は人生で初めて、卒業式で号泣する。最後の最後に流れた校歌が涙で歌えなくて、ただただ、みんなとの別れが寂しく、これでもう、「卒業式でも泣いたから、冷たい人とは思われないよね?」なんて気の利いたジョークも浮かばない程たっだ、と言う。

そしてこの卒業式の直後から、姫の運命は大きく動き始めるのだった。